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「世界一硬い発酵食品」かつお節。 卸問屋の本領は、本物を選び育てる力ーPart2


Part-1からつづく

稲葉さんが扱っているかつお節は、鹿児島県の枕崎からやってくる。そこで水揚げされたカツオの中でも一本釣りで獲られたものだけを加工する。一本釣りとは文字通り、一尾ずつ釣り上げる方法で、魚は苦しまずに死ぬ。そのため、筋肉を動かすエネルギー物質のATPがそのままうま味成分のイノシン酸に変容する。一方、ここ30年ほどで主流になってきた巻き網漁法は効率よく大量にカツオが獲れるが、網の中で魚が激しく暴れ、エネルギー物質であるATPを消費してしまう。すると、うま味のイノシン酸に生まれ変わる物質がなくなってしまう。その上、巻き網漁法ではカツオが苦しんで死ぬため、体内に疲労物質の乳酸が大量に発生し、筋肉が酸っぱい味になる。もがき暴れた跡は、ちぎれたしっぽや体の傷でわかる。だから、うま味の多いかつお節は一本釣りのカツオでないといけないわけだ。

海から獲ってきたカツオは、捌かれ、煮かごにきれいに並べられて、沸騰させずに約2時間煮る。これが煮熟だ。これこそがかつお節の味の決め手となる。その後、骨を抜いて冷まし、乾燥室に入れて、3-4日休みなく薪を焚き、煮上がったかつおの水分を取る。これが焙乾だ。その後、火を止め、再び3-4日間休ませる。このように火を入れては止めるという作業を最長で2カ月ほど続ける。水分を飛ばす過程が何度も繰り返され、ついに焙乾が終わる。

その後、カツオの体の表面についたタールをそぎ落とし、形を整える。そして、いよいよカビ付けがなされる。カビの力を借りて乾燥させ、保存性を高めるわけだ。つまりカビをつけて発酵させる。出来上がったかつお節どうしをぶつけると、カンカンという音がする。カチカチに乾燥しているからだ。かつお節が「世界一硬い発酵食品」と言われるゆえんである。青カビ付けに約3カ月の時間が費やされる。このカビ付け作業こそが、本枯節の証明。もちろん化合物は添加されない。本枯節と呼んでいいのはカビを付けて加工されたものだけなのだ。

青カビは、水分を吸収し、乾燥させるだけではない。カツオの脂肪を分解し、必須アミノ酸を含んだタンパク質に変容させる。だからカビを付けた本枯節は、かつお節独特のいい香りとうま味を形成するのである。水揚げしたあのカツオから、一本のかつお節が問屋にたどり着くまでに、平均5-6カ月かかっている。ここまでですでに芸術品の様相を呈するのだが、実はこれで終わりではない。

荷が届いた後、卸問屋は、かつお節をまるでワインのようにじっくり熟成させる。食べごろになるまで選別と熟成を繰り返し、大切に育てていく。中には3カ月から2年かけて熟成させるかつお節もあると稲葉さんはいう。晴海の倉庫には、たくさんの裸の姿ぶしが薄暗くひんやりした倉庫に眠っていた。ワインが樽の中で何年も熟成させられるように、かつお節もここで静かに眠って発酵が進み、熟成していく。手間暇かけて発酵させた本物のかつお節から取った出汁はきれいだ。この上なく澄んでいながら濃厚でおいしい。日本人にとってはどこか懐かしい香りがする。

稲葉さんに、なぜここまでこだわるのか、と尋ねると、「これが当たり前です。別にこだわっているわけではありません」と言う。「かつお節でない『かつお節もどき』がいかに市場には多いかということですよ」と。偽物が市場に多いとは? そして私たち消費者はどうやってそれを見分ければいいのだろう?

稲葉さんはかつお節問屋だ。かつお節に限らず、問屋業はネット通販の増加と並行して、存在感が薄れてきている。産地直送という流通形態がここ5-6年で一挙に伸びてきたからだ。中間に位置する卸問屋を抜かすことで、安く買えるのが消費者にとって魅力になっているのは否めない。しかし、稲葉さんは言う。「安いから買うという購買行動を日本人は見直す時に来ています」と。

消費者には、何が本当にいいかつお節なのか、もっと言うと、それが本当にかつお節なのかを見抜く目がないのは当然だ。普段本物を見ていないからだ。すると価格が選択の判断基準になりやすい。安いものを選びがちになり、粗悪なものでも買ってしまう傾向が高まる。つまり、粗悪な食材がそのまま体内に入っていくということだ。「ある意味、買い物は投票なんです。価格や産地で

選ぶのではなく、誰から買うかで選んでほしい」と稲葉さん。「もっと問屋の目利きを頼って、昔ながらの自然な製法で発酵させた本枯節を選んでください。そういう本物には人の手間や想いが込められています。だから安全だし、それなりの価格がついて当然という価値観を日本の消費者は持ってほしいです」と稲葉さんは主張する。

オンラインでもオフラインでも、市場では何でも売っているし、消費者は何でも買える。けれども、買う際に何を基準に選んでいるのか? 明確な「選択基準」を持っているだろうか? そして長らく、いわゆる「デフレ」を抜け出せない日本では、広告メッセージや口コミで「安さ」がアピールされることが多い。「安いのがいい」、「安いから買う」という消費行動は、想像以上に根強いのだ。

けれども、本物を選び、本物を勧める問屋業の存在は、そのような消費行動に挑戦する役割を買って出ている。稲葉さんは、一日平均600本のかつお節をグレードごとに選別する。年間約18万本のかつお節の「顔や表情」を見ているわけだ。だから、表面に傷やヒビがあるどうかかはもちろん、かつお節を持った時の感覚で、いつが一番の食べごろか、味の濃淡はどのくらいかなどを判断することができる。この目利きこそが卸問屋の存在意義だと稲葉さんは言う。

「うちは、単に生産者から消費者に商品を流通させているだけじゃないです、本当にいいものを本当にいい生産者さんから選び、いい商品だけを、決して安売りすることなく、価値に見合った価格で売ることが問屋の、そして私の仕事です」と。誠実に、丁寧に作られた本物の食材を積極的に選び、その価値に見合った対価を支払い、消費することは、おそらく贅沢でも無駄でもないだろう。

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