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日本古来の味噌造りは、自然と一体の円相技術


味噌の人気はすごい。今や世界的に“soy bean paste”ではなく“miso”で通用するようになった。アメリカ人はもちろん、カナダ人やオーストラリア人までもが日本に来ると「misoが好き、いいmisoを買って帰りたい」と言う。意識の高いフランス人ともなると、「この味噌はナッツのようなあじがする」などと言って、味噌の香味を最新の機械分析と同じレベルで当ててくる。ちなみに、2017年度の味噌の輸出量は前年比8.5%増で、過去最高*1を記録した。アメリカだけではなく韓国、タイ、中国、カナダ、台湾、フランス、オーストアリア、英国に至るまで、海外市場で存在感を強めている。

これだけ味噌の人気が海外で急激に高まった一因として、海外研究論文でも科学的にその効能が示されたことが考えられるだろう。権威ある科学雑誌「Nature」や「NCBI」*2でも味噌の有効性が論文として報告されている。国内では、広島大学名誉教授の渡邊敦光医学博士が「味噌力」(かんき出版、2012年)の中で、味噌の効果を実証的に調査している。同医師のマウス実験では、味噌は放射線、がん、血管系の病気、糖尿病や肥満などから体を守る、という結果が報告されている。

例えば、渡辺医師は細胞分裂が盛んな小腸で実験を行った。放射線を浴びると細胞は死んだままで生まれてこないのだが、マウスに放射線を当ててみると、みそエサを食べさせていたグループのマウスは、みそエサを食べさせなかったグループのマウスより細胞が再生した箇所が多かったという結果が出ている。この実験では、放射線を浴びていないマウスグループを1とすると、みそエサのグループは細胞の再生度合いが0.1くらいであるのに対し、食塩入りえさのグループと普通のエサのマウスはともに再生度合いが0.01程度であることが分かっている。10倍もの違いが見られたのだ。この実験で渡辺医師は、「事前にみそエサを与えていたマウスだけが、放射線による障害をやわらげることができました。事前にみそを食べていることは、強い放射線を浴びたときの障害から体を守ることにつながることがわかったのです」*3と述べている。

 

かつては、体験的・感覚的に「味噌は体に良い」と信じられてきたことが、今や科学で証明される時代に突入したわけだ。発酵調味料の代表格である味噌は、7世紀に日本に伝わったという説もあるくらい長い歴史を持つ。全国に様々な特徴を持つ味噌があり、かつては家庭で手作りしていた。原料や気候、発酵具合により数えきれないほどの味噌が今日存在している。

次々と解明される味噌の効果。味噌の秘密は科学で網羅されたのか?科学が味噌の神秘に追いついてきたことは確かだ。しかし、味噌の本当のすごさは科学で証明されつくすのだろうか?「味噌が持つ潜在的な能力は科学やデータが分析できている部分よりもっともっと深いのではないでしょうか」というのは徳島県鳴門市で昔ながらの生味噌を作っている井上雅史さん。140年の歴史を持つ井上味噌醤油の代表取締役であり生産者だ。

一般的な味噌については、先の渡邊医師の実験をはじめとして、次々と科学的データが発表されるようになった。しかし、天然醸造の非加熱の味噌(生味噌)については、加熱した味噌との違いについて、科学的データはまだほとんど報告されていない。火入れした味噌は今日一般的で、大量生産された味噌に多い。当然、本来含まれていた酵素や酵母菌は加熱の過程で効力を失い死滅する。一方、非加熱の生味噌は、材料をまぜて発酵・醸造させるだけなので、酵素は有効で酵母菌も生きている。

医師や研究者など専門家の中には、「加熱すると味噌の中の酵素は効力を失ってしまうが、生きた酵素を取り入れても結局は胃酸で失われてしまう、効力があろうがなかろうが、酵素は腸内環境を整え、善玉菌を助ける役割を果たすのだから、味噌は加熱したものでも非加熱でも同様によい」という見解があることも事実だ。

けれども、井上さんの経験は少し違う。「ある病気で食事がとれなくなってしまった方が、当蔵の味噌で作った味噌汁をきっかけに体力が戻り回復された話や、アレルギー反応で食べるものに困っていたのに当蔵の味噌なら食べられたという方がいらっしゃり、そのような方々からわざわざご挨拶をいただく事がありました。また、私の父は胃ろうで伏せていたときも、味噌汁を味覚を通さず胃の感覚で認識していました。味噌汁が流動食に入っているかどうかを、あんな重病でも確実に判別していたのです。先人が積み上げてきた技術で手造りする『昔ながらの生味噌』のどこかに、私たちの体が本能的に受け入れやすい特徴があるのではと思います」と。

人間の知力や科学の力を超えた、体験や感覚としての不思議な力が、生味噌にはまだまだあるという。

一方、この生の力を体験や感覚としてではなく、科学的にとらえているのが酵素研究で著名な鶴見隆史医師だ。「酵素は、胃酸で失活しないものと、胃酸で失活したように見えて小腸で蘇り活動するものの2種類があり、胃酸で完全失活する酵素はありません」*4と鶴見医師は述べている。科学的に酵素の力が生味噌の中に生きており、体内に入ってもその力が生きて働いているとしたら、それはもはや体験や感覚を超えて、事実として健康に貢献していると言えそうだ。

 

渦潮で有名な鳴門海峡に面し、昔から良質の塩とわかめ、米作りにも恵まれてきた食べ物の豊かな地で、井上さんは美味しい生味噌を代々造り続けてきている。1875年以来の歴史をもつ地元の味噌屋の7代目としてこの地に生まれ育った。

四人兄弟の三男である井上さんは、家業を継いで今年でおよそ20年になる。大学ではプロダクトデザインを専攻し、卒業後はモンゴルに留学した。その後、デザイナーとしての道を目指そうとしていたが、変化が訪れる。家を継ぐはずだった次男が他界し、モンゴルから帰国し実家に戻った日に父親が体調を崩し仕事ができなくなるなど、自分が家の仕事を手伝うように自然と道が開け、導かれていった。ちょうどその頃、自身も留学先のモンゴルで食べた味噌汁があまりに美味しく、実は素晴らしいものが身近にあったのだと心の中で気づき始めていた。自分が家業を継ぐ地盤は自ずと外堀から出来上がっていた。

「家業を継いで、最初の3年はデータを取って文献通りの正確な味噌造りをしようとしていました。けれども、古来伝統製法である『もろぶた』を使った技術で糀を生育し、木樽で天然醸造する味噌は、あまりにも複雑で一筋縄では太刀打ちできませんでした。結果的に、先代から伝わる製法に忠実に向き合い、精度を上げていき、そしてあとはお天道様に任せるという自然体の造りができるようになるまでに10年かかりました」と井上さん。むしろデータを取らなくなってからの方が、味噌造りとの向き合い方が正面になったのだそうだ。

それは状況把握が数字ではなく、目や手や鼻や舌の感覚になったからだ。実体験を積み重ねるというスタンスに変わったからだ。「今現在で味噌造りを始めて20年以上たちますが、まだまだわからないことだらけです。今は糀と対話しながら、子育てするのと同じ感覚で、糀に味噌造りを教わっています」と井上さん。

井上さんの味噌の製造の特徴は、古来伝統製法である「もろぶた」という木箱を使った技術で糀を生育し、杉の木樽で天然醸造する。そして出来上がった味噌はそのまま「生味噌」として提供する。それゆえに、管理に手間がかかり大量生産はできない。4種類の味噌を造っており、すべて100%国産の大豆と海塩、自家製の米糀を使用。実直に丁寧に造っている。味噌汁にすると優しいけれどしっかりとした風味があり、味わい深く、小さな子供でも最後の一滴まで飲み干す。なぜこんな美味しさが実現できるのか?

実は味噌の造り方自体は簡単で、昔はどの家庭でも味噌を造っていた。茹でた大豆に塩と米糀を混ぜて夏の環境で寝かせるだけなのだ。自然派傾向が高まっている最近では、再び自宅で「手前味噌」(=自家製味噌)をつくる人も増えている。けれども、鳴門のプロが造る味噌は、出来上がりの味が決定的に違う。独自の配合とこだわり米糀、そして100年以上使い続ける木樽で仕込むからだ。中には140年以上前の木樽もある。この木樽が重要なのだ。

味噌は原材料を混ぜると、プラスチックの容器などでも発酵する。しかし、プラスチックと天然素材の木樽では気温が影響する環境が決定的に違うのだ。プラスチックなどの容器は、熱を直接的に伝え過ぎてしまうが、木樽だと木の素材の特性から間接的に穏やかに伝わるため、醗酵が緩やかだ。その結果、香りなどの芳醇さが際立つ。また、100回以上仕込まれた味噌の成分が木樽に宿ることで、新しく仕込んだ味噌の醗酵を助長する。こうして味噌が熟成し、仕上がった味噌の成分を吸収した木樽は次の仕込みを迎える。つまり、140年間、変わる事のない味噌造りの技術は、自然環境と天然素材が一体になってぐるぐる循環しつづける「自然現象の円相の技術」となっている。

「糀は人間主導では上手に育ってくれません。糀がどういう状態かを感じてあげて、状況判断しながら、順調なら良し、調子が悪ければじゃあどうする?と毎回適正と思うプランを考えます。温度の上げ下げ、湿度の上げ下げなど、あの手この手をもって生育の手助けをします。」と井上さん。「糀が生育し、『ここまで来たら大丈夫』というところまで来たら、ひと安心です。徹夜をしながら40時間程度、しっかりと寄り添って糀づくりを行っていきます。それが私の仕事です。」

科学の力で解明されつつある部分が急激に増えてきている一方で、決して合理的でない手仕事がたくさん残る昔ながらの製法を続ける井上味噌醤油。「数字では説明できないことはたくさんあると思います。だから複合的な働きをする部分を捨象したくないです。この先の時代にもそういう不器用な蔵があっても面白いと思います」と井上さん。

昔ながらの生味噌は、「こうしたら美味しい」とか、「こうしたら失敗する」といった、無数の職人が手仕事に取り組んできた知恵と工夫の積み重ねが背景にある。そして今現在も職人による手仕事の模索が進行中なのである。その結果が昔食べた、あのなつかしい味噌の味わいなのだ。混ざり物が一切ない、天然素材が生かされた、自然なおいしさを発揮する味噌。

科学の力は確かにすばらしい。人を納得させる力がある。しかし、昔ながらに天然醸造された生味噌が本当にすごいのは、鳴門の味噌職人が言うように、おそらく、まだ科学では説明しきれないところにあるのだろう。

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写真撮影:Eri Minouchi/写真提供:井上味噌醤油

Text by Diane

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<参考資料>

*1 https://news.nissyoku.co.jp/news/detail/?id=WAKUI20180201045744714&cc=01&ic=030

*2 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3695331/国立生物工学情報センター、アメリカ合衆国の国立衛生研究所(NIH)の下の国立医学図書館(National Library of Medicine; NLM) の一部門。https://www.nature.com/articles/hr200699

*3 実験結果詳細:http://johsen.sakura.ne.jp/pdf/H23_8_25.pdf

*4 鶴見隆史「『酵素』の謎―なぜ病気を防ぎ、寿命を延ばすのか」(祥伝社新書、2013年)P117

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