和の総料理長に聞く「日本料理の根底」

July 20, 2019

 

和食は特にここ数年、急激な勢いで世界に広まっている。海外にある日本食レストランの数は、2017年時点で約118,000店、その2年前と比べて3割も増えている*1というデータもあるくらいだ。調査によると、世界でもアジアでの日本食レストランの数が圧倒的に多く、同じく2017年時点で約7万店、続いて北米の25,000店、欧州の12,000店*2となっている。それから2年経った今ではもっと増えていると考えていいだろう

 

 

 

 

 

これだけ日本食が人気を博しているきっかけになった出来事として、2013年の和食のユネスコ無形文化遺産登録を上げる人も多い。しかし、必ずしもそうではないという日本料理の専門家もいる。「今の和食のブームは、むしろインターネットの普及だと思います。世界中で日本食の美しいイメージや健康情報が得やすくなったことが理由だと私は思っています」というのは、小田急リゾーツのホテルで18年間、日本料理の統括長を務める竹岡義和さんだ。「しかも和食とひとことで言ってもフレンチと洋食が同じではないように、和食と日本料理は同じではありません。」

 

そもそも和食の指す内容は、味噌汁や出汁巻のような家庭で作れるものや、寿司、天ぷら、牛丼、おでんのような今日の代表的な人気メニューから、料亭で食べる会席料理、そして限られた場所でのみ食べられる伝統的茶懐石まで、指す範囲が非常に広い。通常は、日本発祥の料理すべてを総称して「和食」と呼んでいる。

 

 

「和食には大きく分けて3つのカテゴリーがあります。日本料理と呼ばれる本格的な和食の中に懐石料理と会席料理という2つのジャンルがあり、それとは別に日頃私たちが食べている天丼やそばのような『和食』のジャンルがあります」と竹岡さんは言う。「それぞれに特徴があり、どれも和食です。私の専門は日本料理の中でも懐石料理の方です。」

 

世界的にブームになることは喜ばしいことだ。もっと多くの人が注目し、需要も増える。たとえ、人によって「和食」の意味している内容が異なっていたとしても、どこに旅行しても日本の料理を楽しむことができる。世界的に人気を集めている和食を考える際、その幅の広さから混乱を避けるため、ここでは日本料理、つまり茶懐石を起源とする懐石料理に絞ってみる。

 

因みに、懐石料理と会席料理は似ているようで異なる。会席料理は、18世紀に発達した宴会料理であり、高級料理店で提供されるようになったスタイルだ。その豪華さが特徴となっている。これも広い意味では日本料理であるが、「決まった時間と場所で一定の人々が楽しむ儀式」*3として形成された懐石料理とは異なるスタイルだ。

 一方、懐石料理の起源である茶懐石は、戦国時代(16世紀ごろ)に成立したと言われる。茶の世界の「侘び寂び」とも関係しており、もともとは一汁一菜の、シンプルで少量の盛り付けを特徴とする料理だった。肉も含まれていなかった。客人の様子をよく見て、全て作りたてで一品、一品出すタイミングを見計らうなど、おもてなしを基本にする茶会の食事が茶懐石だ。

 

しかし、その質素なプレゼンテーションのスタイルも時代とともに変化してきた。今では肉もあれば、特に女性の目を楽しませるような華やかな盛り付けが重要な要素になっている。時代のニーズに応えなければならないからだ。この写真の料理も今日の懐石料理。中世の一汁一菜や「侘び寂び」とはかなり離れた、非常に美しい盛り付けが施されている。

 

 

次代の変化の中で、変わらない要素はあるのか?「どの時代にも共通する特徴は、海のものと山や里のものを組み合わせること、そして四季を表現することです」と竹岡料理長は言う。一汁一菜のようなシンプルなスタイルでも、その要素を盛り込むのは可能である。

 

 

 

魚(海)と野菜(山)の組み合わせを芸術的に表現している事例は、刺身の皿に大根のつまと大葉が必ず乗っていることが挙げられるだろう。海に見立てた皿の上で、千切りの大根は白い波を表現している。その上で魚、つまり刺身が泳いでいる様子を描いているわけだ。一方、季節感の表現では、その季節が訪れる少し前の「はしり」から季節真っ只中の「旬」、そしてその季節の「名残り」、まで時間の経過を描く3つの要素を取り入れる。例えば今が春だとしたら、少し早めの夏の食材である冬瓜をはしりとして取り入れ、春が旬のウドを主食材としてフォーカスし、冬からの名残りである蕪も添えるというような季節の変化を一つの器という空間で表現する。

 

 「日本の季節感をより強く感じさせるために、できるだけハウス栽培でないものを使いたいと心がけており、その時期にしかない食材は必ず使います」と竹岡料理長。この四季を生かしたフレッシュな食材が料理され、美しく表現されると、写真のような現代的かつ煌びやかな懐石料理になる。

 

海と山、季節感に加え、懐石料理に何より不可欠な要素が発酵調味料だ。味噌、醤油、酢、日本酒、みりんなど、糀を使った優れた発酵調味料が日本にはある。これらを使って、切る、焼く、揚げる、蒸す、煮るという五法をいかに駆使するかも、時代を超えた共通の要素となっている。「私は日本料理には日本の発酵調味料だけを使います。バターやバルサミコなどは使いません。発酵調味料がないと日本料理も和食も成り立たないんです」と竹岡料理長は断言する。「むしろ発酵調味料があったからこそ、ここまで日本料理が発達してきました。もちろん、日本の発酵のもとは糀ですから、糀の能力に大きく依存していると言えます。」

 発酵調味料にはいくつもの特長があるが、保存性を高める役割があるために、広く活用されてきた側面を見逃せない。高い保存性を成立させるのは、一つには塩分だ。ほとんどの日本の発酵調味料には塩が使われている。特に味噌は12%程度、醤油は12~18%程度もの塩分を含んでいる。これが悪い菌の繁殖を防御する役目を果たす。もう一つの理由は、発酵菌がアルコールや乳酸、酢酸を作り出すことだ。これらの酸が腐敗菌を排除する。発酵食品は腐敗菌を増やさない効果があるため、結果的に保存性がアップすることになる。このような働きで、冷蔵庫がない時代には発酵食品は非常に重宝された。

 

 もちろん発酵調味料は、懐石料理だけではなく広い意味での和食、つまり寿司はもちろん、かつ丼やうな重、おでんにも酢、醤油、みりんなどが使われている。歴史をさかのぼること数世紀。この発酵調味料は、料理が発達した平和な江戸時代に大量生産されるようになった。この普及が料理の味をよくし、和食が発達する上で大きく貢献した。

 

 

日本の歴史を覗いてみると、発酵調味料は7世紀の奈良時代には生まれ、神への捧げものとして美を意識した料理が発達した。そこでは発酵調味料がすでに味付けに使われていたという。平安時代にも当時の儀式料理のスタイルにおいて、酢、酒、醤などの発酵調味料が使われた記録がある。続く鎌倉時代には仏教と縁の深い精進料理が日本に伝わり、そこでも発酵調味料は発達した。15世紀の室町時代には、出汁と発酵調味料が著しく発達し、上手に使われるようになり、ついに日本料理が成立したという説もある。*4 その後、食の花が開き、流通が発達した江戸時代を経て、日本の発酵調味料は国内で一般的に使われるようになった。日本の四季、湿度が糀菌というカビの繁殖に適していたから、発酵がこの国で発達した。

 

今日では味噌や醤油のような発酵調味料は、日本のみならず世界中で使われるようになった。糀菌を生肉で培養するような試みを行っているアメリカ人シェフもいる*5くらいだ。2000年近くかけて、日本で育まれてきた独自の味覚の根底が、今急激に世界で認められているということなのだろう。

 

 「30年前までは、日本人が箔をつけるために本場フランスにフレンチ料理の修業に行っても相手にされなかったんです。けれども、日本人の勤勉さと味覚の鋭さが次第に認められ、フランスの一流レストランでは『日本人がいないとダメ』というところにまで変わってきました。今では日本人がいるとそのレストランに箔がつくようにまでなったと、同僚のフレンチシェフから聞いています」と竹岡さんは言う。今やフランスのほとんどの一流フレンチレストランでは、味噌と醤油、柚子とわさびは必須アイテムになっているのだという。

 

日本料理とは、和食とは何なのか? その答えを明確に定義するのは難しいかもしれない。しかし、日本の国菌である糀をベースとした発酵調味料をふんだんに使った食のスタイルということは少なくとも言えそうだ。ここに季節感を海と山の食材で表現したスタイルが加わると美しい日本料理になる。

 

 

竹岡料理長にとっての日本料理とは何か、と聞いてみた。「日本料理も時代と共に変わってきました。今では、和モダンという考えを取り入れる必要が出てきています。けれども、発酵調味料を上手に使って、季節食材のバランスを最も美しい形で表現するのは変わらぬ日本料理の神髄です。その意味で日本料理とは、世界に誇れる技の一つ、世界に通用する日本の『国技』だと思っています。日本料理は私の天職。もし生まれ変わっても、また日本料理を作ります」と。

*写真提供及び著作権:株式会社小田急リゾーツ、写真の料理はすべて竹岡料理長の作品(一汁一菜の茶懐石、糀、塩糀および塩糀鮭の写真は除く。)

 

<参照>

*1:http://www.maff.go.jp/j/press/shokusan/service/171107.html

*2:http://www.maff.go.jp/j/press/shokusan/service/attach/pdf/171107-1.pdf

http://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/kaigai/pdf/shoku_fukyu.pdf

*3-4:原田信男『和食の歴史』思文閣出版(2018年)

*5:Jeremy Umansky, “Adventure Time in the Koji Kingdom” https://www.youtube.com/watch?v=VrLV8XXaHn0

 

 

 

 

 

 

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キャリヨンLLCは、糀マイスターと食養アドバイザーの視点から、「糀かねのね」ブランドで、日本の米糀をもとにした発酵食養とその結果としての「ポジティブ・エイジング」について提唱し、お伝えする会社です。

 

「日本から」を志として、日本の地方にある小さな工房や伝統蔵の糀・発酵文化を、国内はもとより海外に伝えていくことを使命としています。

 

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