発酵の里、千葉神崎で江戸時代の醤油をつくる

November 14, 2018

 

 

千葉県北東部にある神崎(こうざき)町。この町は、ここしばらく「発酵の里」として盛り上がっている。その町に、明治10年(1877年)に醤油醸造を始めたフジハン醤油がある。今年で創業141年。40年前に醸造を一旦やめたのだが、江戸時代と同じ方法、つまり冷蔵庫も電気も機械もない時代の製法で醤油づくりを再現するという挑戦を2年前から計画してきた。

 

この度、醤油づくりに欠かせない麹室(こうじむろ)がフジハン醤油に完成した。醤油の魅力とは何か、なぜ今いにしえの醤油なのか?

 

 

 和食をずっと支えてきた醤油。日本では2010年代になって発酵食品人気が続いている。健康に気遣う人が「発酵食品は体にいい」という情報を得て、納豆やヨーグルトはもちろん、塩糀や甘酒ブームが市場を拡大し続けている。甘酒市場は2011年来、約2倍*1になるともいわれるし、2012年比で2017年には4倍*2になったとも言われる。昔は日本独特の「塩から」や「ぬか漬け」、「納豆」や「味噌」が発酵食品としての強いイメージを持っていたが、昨今では、ヨーグルト飲料やナチュラルチーズ、乳酸菌を使った機能性飲料など種類が多様化し、加工品も増えている。日本市場の発酵食品は、数えきれないほどの種類で溢れているのだ。そのような現象を見ると、発酵食品の人気がまだ続いていることは、ほぼ間違いないだろう。

 

 

その一方で、醤油や酢、みりんなどの伝統的調味料が発酵食品であるという事実は、味噌が発酵食品であるほどには知られていない。しかも、醤油は国内で人気に陰りが見えている。一人当たりの醤油消費量と出荷数を見てみよう。チャートの通り、1980年から減少の一途をたどっている。けれども面白いことに、国内消費量が減る一方で、海外輸出量は2000年来、順調に増えているのだ。(出典:しょうゆ情報センターhttps://www.soysauce.or.jp/knowledge/data)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

醤油の人気が下がって理由の一つとして、食事の洋食化と調味料の多様性が考えられるだろう。今や、ケチャップ、マヨネーズ、マスタード、タバスコなど、海外からやってきた新しい数多くの調味料が日本では買える。醤油も負けじと、だし醤油や醤油ドレッシングなど、新しい商品化の道を探っているが、多様な顔ぶれの中で醤油は日本市場での競争に勝っていかねばらない状況を強いられている。

醤油と言えば世界的に有名なキッコーマンがある千葉県野田市。千葉は関東では醤油の産地としても有名だ。中でもよく知られているのは醤油づくりに適した天候に恵まれた野田と銚子だが、フジハン醤油がある神崎町は利根川沿いにちょうどその二つの町の間に位置している。少し歴史を紐解いてみよう。

 

17世紀初頭まで醤油は関西からうす口醤油が運ばれ、加工されて江戸に運ばれていた。しかし、17世紀半ばを過ぎると、現在の濃い口しょうゆが関東でも開発されるようになった。わざわざ遠くから運んできて加工しなくても関東で作れるようになった。すると次第に、江戸で使われる醤油のほとんどを関東産のものが占めるようになった。江戸時代、関東平野は醤油の原料生産にも適しており、小麦や大豆が豊富に作られていたのだ。もはや19世紀には、関西から運ばれる醤油はごく少量になっていた。

 

19世紀の化政期になると、醤油は江戸庶民に広く定着するようになった。鰻の蒲焼き、蕎麦の出汁、すしや刺身などの人気料理が登場した。この頃には、関東でも醤油を作るようになり、銚子や野田が関東の醤油生産・加工の拠点になった。もちろん、水運という点でも銚子や野田は江戸市場へのアクセスがよく、生産拠点としての条件に恵まれていた。船で利根川を下り、醤油を江戸に運んだ。神崎も利根川の水運に恵まれ、当時は多くの醤油蔵があったという。フジハン醤油は明治10年の創業で、江戸時代からすると比較的新しい方だが、今ではこの付近に残る最も古い醤油蔵の一つになっている。

 

面白いのは、これだけ醤油が世界的な調味料になったのに、醤油の作り方は案外日本人でも知らないことだ。以前、数人の友人に「醤油の原料って知ってる?」と聞いたことがある。なんとすべての原料を答えられた人はいなかった。実は醤油は、醤油麹(大豆と小麦粉と種麹)と塩水で出てきている。小麦粉が使われているという事実は長年醤油に親しんできた日本人にも案外知られていない。

 

 炒った小麦粉を粉砕し、それに種麹を混ぜて茹でた大豆も混ぜる。すると、粒状の原料「醤油麹」ができあがる。そこに塩水を入れて発酵・熟成させると醤油のもととなる「もろみ」ができる。もろみは茶色のどろりとした液体だ。この液体には、大豆や小麦の繊維が多く含まれており、実はそのままで美味しい調味料になる。このもろみを2年ほど木樽で寝かせてさらに熟成させ、絞って火入れし、液体を瓶詰したものが、通常私たちが使っているさらりとした醤油である。もろみの段階から発酵が進むにつれ、醤油の香ばしい香りがして、出来上がりに近づいていることがわかる。

 

江戸時代の醤油づくりの試みにおいては、製造のプロセスは同じなのだが、現代の製法とはかなり違う点もあり、興味深い。数百年前の醤油づくりとはどのようなものだったのか?今とはどう違うのか?フジハン醤油の6代目、高橋半治さんはいう。「当時のように機械を使わず、手作りで仕上げるというのは香りも味も違います。醤油麹も、機械で一斉に作るのではなく、麹室にいれて練炭で温めて作ります」。

 フジハン醤油の薄暗い醤油蔵に入ると、ひんやりした空気が流れている。天井は140年前から蔵の構造を支えてきた茶色い梁がはり巡らされており、地面に据え付けられた古い道具たちを見下ろしている。そして、江戸時代の醤油を再現するために作った新しい麹室。内部を見せてもらうとかなり広く、内ドアで仕切られている。全体で15平米くらいはあるだろうか。内ドアを開けるともう一つ大きな室が後ろに控えていた。ここで醤油麹を作り、発酵させるのだ!さらに、麹室の外には100年以上前から使われた6つの巨大な木樽も堂々と静かに佇んでおり、訪問者を歓迎している。

 

 江戸時代の製法では、大豆は鍋で何時間もかけて煮る。炒った小麦を叩いて砕き、冷ました大豆を混ぜる。そこに自家製の種麹を混ぜて、麹室に入れて発酵させる。フジハン醤油では、大豆も小麦も千葉産の有機栽培の素材を使う計画だ。大豆は丸大豆。通常の大量生産では、発酵熟成の速い脱脂加工大豆を使う。脂肪を抜き取った大豆であれば半年で醤油が出来上がるが、時間のかかる天然の丸大豆は、醤油になるまでに1年から1年半、天候による醸造の進み方具合により、2年ほどもかかってしまう場合もあるのだ。

 

小麦も中華鍋のような平釜で炒る予定だ。大量生産だと、回転式焙煎釜で小麦を炒るのが通常だ。小麦は平釜で炒って粉砕すると非常に香ばしく、香りがよくなる。また、炒ることで小麦が膨らむので、でんぷんが増え甘味やうま味が増す。この製法で作ると、香りも味もとても豊かになるという。

 

 

もう一つ大きな違いは醤油麹づくり。現代の大量生産の麹は人の手を介さず、自動製麹機で一挙に作る。機械のなかった江戸時代には、麹室で麹蓋(こうじぶた)と呼ばれる番重のような薄い木製の箱を使って小分けして作る。これは、麹がまとまると熱を発する性質をもつことから、分けることで急激に温度が上がらないようにコントロールするための工夫なのだ。麹を小分けにして入れた箱をたくさん使って、重ね、木箱の間から熱を放出させながら発酵具合を管理するということは、効率化の逆を行く。当然人手が余計に必要になる。

 

「手間はかかりますよ。しかし、あえて昔の方法を再現することで、本物の醤油がどのように作られているのかがよくわかります。工場だと何をやっているのかよく見えないですね」と高橋さん。「こうやって作るんだということを見ていただくことで面白がっていただき、醤油の離れの時代に醤油への親近感を持っていただきたいんです。」

 

様々な発酵調味料の中でも醤油は、甘み、酸味、塩味、苦み、旨味の五味すべてを含むエレガントで優雅な存在だ。その五つの味が見事にブレンドされて、美味しく食べられる万能調味料。素材も大豆と小麦粉と塩というシンプルさ。「私はソースやケチャップは使いません!醤油ですべて事足りるんです!」と高橋さんは笑う。

 

 

それにしてもなぜ今、昔ながらの醤油づくりをしようと思ったのか?一度は醤油の醸造はやめたのに、この難しい挑戦になぜ敢えて今、取り組むのか? 実は、この決断はフジハン醤油だけの事情ではなく、神崎という町の活動が大きな動機となっていた。神崎はここしばらく「発酵の里」として町おこしをさかんに行っている。数件の酒蔵がある、人口6,000人足らずのこの小さな町では、毎年一度3月に行われる酒蔵祭りが有名だ。この祭りには約5万人が集まってくる。熱い注目を浴びている発酵の田舎町なのだ。

 

 フジハン醤油は、神崎町が発酵の里として町おこしに注力する中、その活動に貢献したいと江戸時代の醤油の再現を決意した。「うちは、40年前に醸造を止めたんですが、町の酒蔵祭りも盛り上がっており、多くの人々が神崎に来てくださっています。いかに発酵食品が注目を集めているかを思い知らされました。ならば、町の盛り上がりにうちも貢献したいと思ったんです」と高橋さんは言う。

 

 

 

この貢献の気持ちが江戸時代と同じ製法の醤油づくりとなった。国内では醤油離れが進む一方で、自宅で醤油を作ろうとする人が増えてきているのも事実だ。絞る前のもろみをそのまま調味料として商品化したメーカーもあり、それを使う人も増えてきている。優美な伝統発酵調味料、醤油の復権は叶うのか?フジハン醤油による江戸時代の醤油の完成予定は2020年の秋。どんな醤油が出来上がるのか?今からぜひ期待したい。

 

Story by Diane, photos provided by フジハン醤油

 

<参照資料>

*1 https://bgw.adclub.jp/news/gyoshu_news/foodagri_news/backnumber/881.html

*2 https://moneyforward.com/media/life/48009/

 

 

 

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「日本から」を志として、日本の地方にある小さな工房や伝統蔵の糀・発酵文化を、国内はもとより海外に伝えていくことを使命としています。

 

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