天に向かう屏風のクリエイティビティ-1
「屏風」という言葉から連想する景色。それは畳敷きの広間に金箔を貼った大きな折り畳み式の絵が音もなく立っている姿だろう。そしてその職人というと、多くの日本人には、薄暗い静かな部屋で老人が作業着姿で、黙々と座って絵を描いたり、紙を貼ったりしているイメージが強い。そもそも日本の屏風とは、何のために使ってきたのか? 実は、屏風は装飾品としてだけではなく、隙間風の入ってくる日本家屋の中で、風を防ぐ役割を果たす調度品として誕生した。だから漢字で「風をふせぐ」と書いて「びょうぶ」と読む。かつての日本の家は、木と紙でできていたため、隙間風も容赦なく入ってきていた。夏は風通しが良いが、冬の夜などは冷たい風が厳しい。そのような日本の家では、屏風はよく枕元に置かれた。眠りを妨げる冷たい風が頭にあたらないように。
しかし、屏風のような折り畳み式の調度品は日本特有のものでもない。木と紙をベースとする日本の屏風とは少しデザインや素材は違うが、西洋社会でも「Room Divider」として、機能的な役割を果たす調度品として立派に活躍してきた。「Room Divider」という単語で検索すると、たくさんの商品が海外でもネットショップで売られている。
昨今、日本では伝統的な日本家屋も激減し、もはや結婚式場やホテルなど限られた場でしか屏風は活躍の場はないのではないのか、すると今後の屏風の存続は危ういのでは? と思いきや、実は全く違う世界が広がっていた。日本の屏風は新しいインテリアやファッションアイテムとして、多大な可能性を秘めているのだ。なんとカラフルで面白いことか! サイズやデザイン、使い方も様々。昔の金箔をしっかり纏ったいかにも伝統というスタイルや、古典的な墨絵のようなモノクロの大型の屏風の方がむしろマイノリティ。今日の屏風は、もっとクリエイティブでもっと多様、かつきわめてパーソナルなインテリアのアイテムなのだ。「あなただけの屏風」をもっと身近に作ることができる。
日本の屏風の根本的な構造は、木の枠をつなぎ合わせた、小さなふすまのような枠組みに紙や金箔を貼り、折りたためるようにしている。折りたたむ1面を曲と呼ぶが、曲と曲は和紙で留められている。面白いのは、表側からも裏側からも折り返すことができる点だ。例えば、掌を合わせた状態を想像してほしい。小指側をくっつけて親指の方から掌を外に広げる形でも開けるし、逆に掌を合わせる形にたためる構造になっている。これは和紙が互い違いに蝶番として果たす役割のおかげ。この蝶番は良質の和紙でなければならない。
東京墨田区で片岡屏風店を営む片岡恭一さんは、「ふつう、私たちは屏風の絵をみて、美しいとか素敵だといいますね。しかし、本当はこの曲と曲を和紙で留める技術こそが伝統の技で難しいポイントなです。実は、ここが玄人にとっては見どころなんですよ」と言う。プロはそういうところを見ている! 屏風の重要な価値の一つが留め方にあるとは、多くの人にとって新しい発見にちがいない。
「東京墨田区」という住所に、東京に住む人間にとって懐かしさを思い起こさせる特別な響きを感じるのは私だけだろうか。昔は典型的な下町で職人イメージがぴったりの町だった。その職人の伝統伎を想起させる墨田区で様々な素材の活用にもチャレンジしているのが現代の屏風職人、片岡さんだ。
2012年に634メートルの東京スカイツリーが完成して以来、観光名所という新しいイメージも確立されてしまった墨田区だが、今もものづくりへの熱い想いは残っており、区が発行した「ものづくり探訪MAP」(写真入れる)には、日本のものづくり魂を奨励する情報が満載だ。その中には、袋物博物館、指物博物館、べっ甲資料館、かんざし博物館など、伝統工芸を展示した小規模の博物館やすみだマイスターらの紹介も掲載されている。
ものづくりへの情熱を感じさせてくれる区にそびえ立つ日本で一番高い塔スカイツリー、そしてその巨大な塔の下に広がる巨大商業施設。そこから歩いて1分の位置に片岡屏風店は控えめに存在している。この店舗は、小さな博物館としてもまた工房ショップとしても区に認定されている。店主の片岡さんは「すみだマイスター」の称号を持つ職人さん。店舗に入ると、そこは屏風のショールーム。2階が工房だ。訪問当日は、ジーンズとシャツ姿の片岡さんが笑顔で迎えてくれた。訪問前に想像していた作務衣を着た老人職人の姿はない。それどころか、約10名いる職人社員はほとんどが20~30代の若者。「うちのミニ博物館に見学に来てくれた若者で次の日に、屏風作りたいから雇ってほしいと履歴書を持ってくる人もいます」と片岡さん。深刻な労働力不足に悩む日本の中小企業では、なんとも珍しい光景だ。若者を惹きつける秘密は何なのか?
片岡屏風店は、片岡さんの父親治郎さんが1946年に創業した。それ以来、屏風を作り続けている。しかし片岡屏風店の特徴は、息子の片岡さん(今の経営者)が若いころイギリス人の友人から受けた影響が大きいと言ってもいい。「『あなたは日本人だが、日本の工芸品を作っていながら日本のことを本当によく知っているのか?もっと日本のことを勉強したらどうだ?』と言われたんです」と片岡さん。この言葉がきっかけとなり、片岡さんは、海外で屏風をはじめとする日本の伝統工芸がどのように生活シーンの中で活用されているか、また活用されうるかを積極的に学ぶようになった。
すると、屏風は風を防ぐだけの機能性調度品や冠婚葬祭の際の必要アイテムとしてだけではなく、もっとアートオブジェや思い出の品として、なによりも暮らしを楽しくするインテリアアイテムとして活躍できることが分かってきた。例えば、そのイギリス人の友人がくれた写真集「Japanese Accents In Western Interiors」には、日本の着物がタペストリーの代わりに壁に掛けられていたり、火鉢が植木に使われていたりと、日本の伝統的な生活用品が本来の使い方とは全く異なって、しかもとてもおしゃれに使われていた。外国人だからこそ思いつく意外な工夫がなされていたのだ。西洋社会ではすでに、「伝統とは異なる使い方」が実現していたわけだ。アイデアの逆輸入とでもいえるだろうか。片岡さんは伝統的な屏風をもっと違う使い方に応用してみようという視点から、伝統的な屏風製法を守りながらも、珍しい作品を楽しんで作るようになった。
「この仕事をしていて最も楽しいのは、クリエイティブな点です」と片岡さんは言う。「お客様が持ってこられる課題はみんなそれぞれに違うんですが、その課題をどういう成果物に仕上げるかを自由に考えて、提案して、仕上げていく過程はとても面白いです。おそらくそれが若い人がうちで働きたいと言ってくれる理由でしょう。」もちろん出来上がっている定番商品も販売しているが、持ち込みのカスタマイズ商品が意外と多い。屏風屋さん自体が日本に決して多くはないので、当然片岡さんの店に個性的な依頼は集中する。
ショールームになっている店の1階奥には、大小それぞれの屏風がたくさん飾られてあり、それだけでも「小さな美術館」だ。既製品が並べられている入り口付近には、手のひらサイズのものから、横幅2メートル以上のものまで、ところ狭しと置かれている。今回、奥の展示スペースに置かれてある素敵な作品の他に、これまでの事例でユニークなものを見せてもらった。
*個性的な屏風は次の号で詳しくご紹介します。