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なぜ本藍染は魅力的なのか?


「青は藍より出でて藍より青し」ということわざがある。これは、「師匠から学んだ弟子がついに師匠を追い抜く」という意味で使われる喩えだ。学校ではそう習ったものの、実は藍がどのような染物でどんなふうに染められるかを知っている人は少なく、このことわざの本当の由来を知らないで使っている人も多いはずだ。本当の藍染工房を見て、初めてこのことわざの意味がわかる。

白い布を染料に浸ける。最初は茶色っぽい黄土色だった布の色が空気に触れ段々と青くなる。何度も染料に浸けることで次第にその青色が濃くなり、最後に水にさらしてついには美しいインディゴブルーになっていく。真っ青な色は藍の染料から生まれるのに、最後は藍より青くなる。諺はそれを言っている。染めの過程はまさに職人技で、目の前でその工程を淡々と繰り返す染師の仕事は、見ている人の心を打つ。

藍染にはきれいな水が大量に必要になるため、昔からきれいな水が流れる川の近くで発達した。徳島県藍住町は、藍染の本場。ご多分に漏れず、水が豊かな旧吉野川のすぐ近くに位置し、昔ながらの清涼な田舎の風景が残る。

この地で30年間、本藍染に取り組む矢野藍秀さんは、徳島県内の農家に生まれた。20歳の時、本藍染に携わっていた家の娘、浩子さんと結婚し、矢野家で染師になった。それ以来、本藍染一筋で藍染を探求し続けている。藍染の原料はすくもという一年草。農家に育ったという背景は、天然の染物を行う上で共通項もたくさんあった。「いい色を出すためにはいい素材が必要です。藍染の素材はすくもと呼ばれる草で、この質が高くないと言い藍染はできません」と藍秀さんは言う。もともと義理の父親はこのすくもを育てる藍師だったので、本当に良い天然の染料を選ぶ藍秀さん目は厳しい。

本藍染矢野工場に入ると、土台を数十センチほど高くしたスペースに染料を貯蔵した16個の甕が並ぶ。それぞれの甕には同じ天然原料が入っているのだが、発酵期間が異なるため、色合いはみんな微妙に違う。毎日、染料をかき 混ぜ、藍の「華」を作る。華とは、液体の上部に浮かぶ泡状の色素の固まり。それによって、その日の染料の調子を見るのだ。草から作られる染料を使うため、藍染は草木染の一種だ。原料のすくもを発酵させ、天然藍の色を出す。染料作りは発酵のプロセスであり、それは自然との協働だという。「発酵や染めは人間にとって都合のいい作業ではなく、自然のリズムに人間が合わせる作業です」と染師の矢野藍秀さんは言う。

あの真っ青な藍独特の青色には一回では到達しない。何度も染めて、空気にさらし、きれいな水で夾雑物を取り除き、目指す青色に目視で近づけていく。濃い青も薄めの青も、染の回数や原料の色合いの組み合わせでコントロールする。長く発酵させた原料は濃く染まるし、若い原料はまだ色の深みが少ない。染師の経験で、繊維をどの甕の原料にどのくらい浸けるか、またどの甕の原料を組み合わせるかで最終の仕上がりの色が決まる。繊細さかつ直観が非常に厳しく要求される職人技だ。

そもそも藍染は、人類最古の染料と言われ、日本のみならず世界各地で使われている。7世紀には藍染に関する記録が残っており、ここ徳島県では13世紀に藍染が行われた記録がある。16世紀の戦国時代には、藍色が縁起の良い染物として武士からの需要が高まり、藍の生産が本格化したという説もある。17世紀の江戸時代に入って、徳島藩が藍の生産を保護したため、藍作りがますます盛んになる。江戸時代には、藍染は労働着から高級な衣装まであらゆる素材を染める手段として活用された。19世紀以降も藍の生産は継続したが、20世紀に入ってからは化学合成物による人造藍の輸入が進み、古来から伝わる日本独特の藍染は衰退していった。特に20世紀半ばの大戦時には藍染の原料であるすくもの生産が中断した。畑が食料畑に転換されたためである。そこで藍染の歴史はいったん途絶えかけるのだが、そのような中でも古代からのすくも作りを守り抜いた人々のおかげで、今日まで辛うじて藍染のライフラインは継承されている。

しばらく下火であったものの、2020年のオリンピックロゴにJapan Blueとして藍染が昨年採用されたことから、再び藍染の需要は広がっている。今日、大量の需要に対応するため、本来の自然な藍染生産では間に合わず、化学物質を使用した人工的な「藍染風」製品も多く生産されている。それらの色合いの深み、原料や価格は本藍染とは全く異なるし、中には青ければ「本藍染」と呼ばれる傾向までもある。

何が本当の藍染なのかが曖昧になっている昨今、「天然の藍染と人工的な藍染風を混同すると消費者の方々から選択肢を奪うことになります。何が古来から伝わってきた本物の藍染なのかをきちんと理解していただくことが、最終的には消費者の方の選択肢を広げ、市場での混乱を避けることになると思っています」と矢野さんは言う。

化学物質を使う工業品は人間の都合に合わせて作るので製造をコントロールしやすい。その製法はワインにもよく似ている。防腐剤を入れれば味のコントロールもしやすいし、保存しやすい。しかし自然の発酵から生まれる香りや味は消滅する。藍染も発酵染色法であり、そのプロセスは似ているところが多々あるのである。古来から伝わる本物の藍染とは何か? 「天然灰汁発酵建藍染」と呼ばれるその技法を矢野工場で見せていただいた。

この技法では、すくもを発酵させた原料を灰汁で溶き、甕に入れ、石灰や酒によって1週間かけて発酵させる。冒頭で述べた何度も染め重ねるのは「天然灰汁発酵建藍染」特有の方法なのだ。季節によって温度も湿度も異なる。自然の本藍染は、染師が、絶えず変わる気象条件に逆らわないように調整していく。手間はかかるし、時には納期に間に合わない場合もある。気象条件によって染料のコンディションが「締め切り」という人間の都合に合わせてくれないからだ。

矢野さんは、「(本藍染は)自然と対話しながら染料を作り、かき混ぜて管理し、染めていきます。何度もその作業を繰り返しますから、手間はかかりますよ」という。しかし、そのかけた手間は、すばらしいオーラをもたらしてくれるのだ。例えば、藍染の木綿や絹、麻の衣類は、夏は風通しがよく涼しいが冬は保温効果を発揮し、温かい。自然の素材だけを使っているので、肌にも優しい。汗を大量にかく赤ちゃんには、藍染の服は最適と言える。

藍染は、何より色の重層性が魅力的だ。藍染の粒子が大きいため、何度も重ね染めすることで、複雑な色が繊維の間に重なって染み込んでいく。だから、光に当たると、単色ではなく、何色もの色がキラキラと乱反射する。その色が深く、静かな青を実現する。これは化学物質で染めた藍染風製品には見られない本藍染の特徴だ。

これが絞りになるとさらに美しい柄を見せる。絞りとは、布を糸で巻いて、染料に浸けた際その部分だけが染まらないようにする技術である。これによって柄を考え、手で糸を巻き付ける作業は気の遠くなるような細かい作業である。染めが終わって糸を外した際に、想定していた柄になっていないと失敗ということになる。だから、糸を巻く際に開いたときの柄が明確に思い描けていなければならない。つまり、絞りだけではなく、染めについても広げた際の絵柄を想像できるだけの知識がないとこの作業はできない。

「伝統を守ることはとても重要で、責任を感じます。本藍染を続けている人はもうほとんどいなくなりましたから。しかし、これを続け後代に伝えていくことが私の使命だと思っています」と矢野さんは言う。

矢野さんの工場では、反物の本藍染だけでなく、ストールやマフラー、シャツなどの衣類も製造している。新しい試みも行われている。昨年は本藍染のファッションショーも開催された。そこで発表された藍染のシルクのウェディングドレスは注目を集めた。

絹の光沢ある生地が様々な青に染まり、重層的なブルーのハーモニーを描き出したドレス。西洋の華やかなドレスと日本の伝統的な本格染物がコラボした、気品あるドレスだ。また、素朴な木綿生地にほどこされた藍染の絞りはこの上なく上品で美しい。もちろん高価だ。しかし、一度その本物の美しさを見ると、ナイロン繊維にプリント模様の浴衣や着物が少し虚しく感じられる。

日本の本当の美しさは、こういった手間のかかる作業の中にあるのではないか。もうすぐ夏が来る。浴衣のシーズン。今年は本物の藍染の浴衣はいかがだろうか?

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