top of page

枝豆への熱い想い


夏の夜に欠かせないものといえば、冷えきった生ビールと枝豆。ついでにうしろで花火が空にパンパン上がっていると、まさに日本の庶民の夏の風物詩になる。肉厚の丸くて甘い黄緑色の枝豆が嫌いという人を私は知らない。日本人は根っから枝豆好きなのだ。

家庭の夏の食卓には、枝豆が普通に乗っている。居酒屋でも、まずビールと枝豆を注文する。お酒と合うからといっても、子どもも大好きな食材。子どもからお年寄りまで、みんな好んで食べる。なぜ枝豆はこんなに私たちに愛されるのか?

まず、枝豆は凝った料理法を必要としない。さっと塩ゆでするだけで簡単においしく食べられる。言いかえると、目立った個性や特徴があるわけではないが、面倒でなくて、誰とでもうまくやっていけるという貴重な存在だ。食べる人を選ばない、つまり誰とでもうまくやっていけるという要素、これは日本では重要な成功要因なのではないか?

しかし、面白いのは枝豆が好きなのは日本人だけではないという点だ。アメリカ人やイタリア人の友人も枝豆が大好きで、“Edamame”という名称を知っていて、そのまま日本語で発音していた。茹でた枝豆を房から美味しそうに頬張っていた彼女らの姿を思い出す。枝豆は台湾やタイでも生産されている。今や、日本だけの風物詩なだけではなく、世界で食される農産物になったのだ。

ビールと一緒に枝豆を食べる習慣は、機能性から見ても理に適っている。枝豆には、メチオニンというアルコールの分解を促す成分が含まれており、これが肝機能を助けるからだ。枝豆は青いまま畑で放っておくと、やがて黄色い大豆になる。大豆の前身が枝豆だ。だから、成分においても大豆との共通項があり、特に女性にとって健康的な食べ物と言える。例えば、イソフラボン。枝豆は、女性ホルモンの減少を補う効果があると言われるイソフラボンを豊富に含んでいる。特に40代後半以降の女性にはありがたい食べ物なのである。

この枝豆の産地として有名なのが、都心から1時間半の場所に位置する千葉県野田市だ。野田は大豆のふるさとでもあり、世界に醤油を提供しているキッコーマンの拠点でもある。キッコーマンの赤いロゴのついた巨大な醤油工場があちらこちらに広がっている。いうまでもなく、醤油は大豆から作られる。大豆の前身、枝豆の収穫量は千葉県が日本一。全国の約11%の収穫量を誇る。出荷量となれば千葉は全国の約13%を占めて(1)おり、これも日本一だ。ここは、枝豆の町なのだ。駅のすぐ近くにある市バス乗り場には、枝豆をデザインした「まめバス」が停まっていた。100円で乗れる市民の足となっている。

枝豆とひとことで言っても、粒の大きさや収穫時期の違いなど多様である。色も明るい黄緑のものから茶色がかったものまで、なんと品種は400種類もあるのだ。栽培方法も様々だ。ここ野田市に、こだわりの枝豆を生産している農園「みのりファーム池澤」がある。この農園は、減農薬かつ除草剤を使わない方法で枝豆を作っている。枝豆に加え、トマトやモロヘイヤ、菊芋など、多品種少量生産を方針としているが、この季節は断然、枝豆だ。

農園主の池澤宣久さんは、2006年、23歳の時にこの農家に婿入りした。付き合っていた美穂さんが農園の娘だったのだが、ある夏、彼女の実家の畑を手伝ったことに端を発する。それまで農作業などしたことがなかった宣久さん。しかし、野菜作りの手伝いという経験を通して、農業の面白さを知った。美穂さんの実家へ婿養子として入ることを決意して以来、美穂さんの父親や県から認証された農業指導士であった祖父から農業を学び、美穂さんとみのりファーム池澤を2014年に設立した。

若く柔軟なスピリットを持ちながらも、宣久さんと美穂さんは野菜づくりには強いこだわりを持っている。二人が農業を開始して以来、変わらず持ち続けているこだわりは、微生物農法を用いた土づくりと減農薬、また一つ一つ手作業で心を込めて作り、作り手の顔を見せながら直販まで行うことだ。かつてレストランから、年間を通して安定的に野菜を供給してほしいというオファーがあったが断った。それは、効率的に生産し、年間を通して安定供給することと、野菜の特性を最大限に生かして旬の時期に一番おいしい状態で出荷することが両立しないと判断したからだ。

みのりファーム池澤では、枝豆の生産にもあえて古い品種を使う。最近の品種は改良されており、ウイルスへの抵抗性も上がっているし、病気にもなりにくい。つまり、最近の野菜は作りやすいということだ。しかし、品種改良とともに野菜の味もいつしか変わってしまった。野菜でも古い品種は抵抗性が低く、病気にもなりやすい。なのに、みのりファームではあえて弱い品種を採用し、減農薬にこだわる。もちろん手間は何倍もかかる。なぜあえて面倒なことをするのか? それは、効率や生産性よりも「昔ながらの本来の風味」や「野菜のおいしさ」にこだわるからだ。宣久さんは、「農薬を散布すると余分な水分を与えることになりますし、そうすると、野菜の本来の風味や味が低下してしまうんです。だから僕たちは農薬をほとんど撒きませんし、除草剤も使いません」と言う。

美穂さんは野菜農家に生まれ育ったのに、実は野菜ぎらいだった。でも、宣久さんと結婚して農家を継ぐと決めたときから、「野菜ぎらいの自分でもおいしいと感じる野菜を作ろう」と心に決めた。みのりファーム池澤は一言でいうと、「野菜ぎらいの人をなくす野菜」を生産しようと、日々実験と研究を重ねている農園だ。そのパッションが原動力なのだ。自分たちが本当においしいと思い、体にもいい野菜を作る。みのりファーム池澤ができるだけ農薬を使わず、除草剤も撒かないのは、子どもがふらりと畑にやってきて、そこに生っている野菜を手で捥いで、そのまま口にほおばってもおいしく、安心して食べてもらうためだ。作りやすい品種を使ったり、農薬で生産性を上げる方法より、むしろ、土づくりに注力し、微生物や豚ぷん、もみ殻、竹チップなどを豊富に含む、自然に近い堆肥を土に混ぜ込み、強い土台作りを行っている。

また、顔の見える生産者を目指して、レストランとのコラボレーションも積極的に行っている。野田市にあるコメスタでは、みのりファームの野菜をふんだんに使ったメニュー提案をしている。夏のメニューは枝豆の冷製パスタ。枝豆、水耕栽培の春菊はみのりファームのものが使われていた。たくさんの枝豆が上にちりばめられているだけではなく、つけ麺スタイルになっており、枝豆50粒(17~18房)ほどを使った冷たい鮮やかな緑色のスープが添えられていた。これが絶品! 枝豆はいったんゆでた後冷やすと、甘みを増す。冷製スープやつけ麺用の出汁にはぴったりな素材なのだ。コメスタにはおいしさと無農薬が評価され、生で使っても安心なみのりファーム池澤の野菜がふんだんに使われている。

私が農園を訪れた日は、枝豆の収穫を体験させてもらった。枝豆がこんなふうに生っていることを初めて知った。枝豆は収穫後の茹でが早ければ早いほどいい。そうしないと、黄色くなり、ついには大豆になってしまうのだ。大量の枝豆をいただき、家に帰ってすぐに茹でた。冷蔵庫で冷やし、次の日作ってみた料理は、パスタとサラダ。パスタのソースに使ったトマトもみのりファームからいただいたもの。

ガーリックと赤唐辛子を大量に入れたスパゲティを”Mid-Summer Grrange Pasta”と名付けてみた。Grrangeとは、枝豆のGreenとトマトのOrangeを掛け合わせた勝手に作った造語。サラダは”Emerald Green Salad.” たくさんの枝豆はもちろん、レタス、きゅうり、アスパラガスに菜の花を使った地方から取り寄せたグリーンのドレッシング。すべて緑の素材から成るちょっと大人のサラダ。自分でいうのもなんだけど、おいしかった! しかし、味の良さは料理の腕というよりも素材の力。手塩にかけて大事に育てた新鮮な採れたて枝豆のおかげであることは間違いない。

400種類もある枝豆。枝豆の味比べも楽しいかもしれない。

(1)http://www.edamamebiyori.com/world.html 枝豆の収穫量は千葉県が一番多く、全国の約11%の収穫量。出荷量も千葉県が一番多く、12.6%を占める。

Recent Posts
Follow Us
  • Facebook Classic
  • Twitter Classic
  • Google Classic
bottom of page