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父娘で取り組む新旧おいしい米作り

9月は台風の季節。2016年は特に発生回数が多い気がする。いなほ総合農園を訪れた日は、折しも大雨警報が出ていて、空は薄暗く雨が降ったりやんだりしていた。あらかじめ決まっていた訪問日がわざわざそういう日になったのも何かのご縁と思い、止まるかもしれない電車を乗り継いで栃木県塩谷郡までやってきた。見わたす限り田園風景。まだ青い稲穂もあれば、刈り取ってしまった後の田んぼもある。明日収穫という田んぼの稲が軒並み倒れて水浸しになっていた箇所もたくさんあった。前日の夜、大雨が降ったのだそうだ。山には霧がかかっている。熱帯低気圧が近づく雨上がりの山間部は、土と田舎の空気の匂いがわかりやすく、気持ちをリフレッシュさせてくれる。ここは東京からわずか1時間半北に位置する水田地帯だ。日本の田園風景を見たい人には都合のいい場所なのだ。

栃木県は全国8位の収穫量(2015年度)を誇り、全生産量の約4%を占めている。因みに一位は米どころで有名な新潟県で、全国の約8%を占めている。10ヘクタール当たりの年収穫量となると、栃木と新潟は540㎏と同位(1)だ。

一方、日本の米消費事情は実は明るくない(2)。日本人の主食は?と聞かれると、米以外に米ほど国民全員が食べているものが思い浮かばない、鮨やカレーライス、おにぎりなど、人気メニューにおいて米はやはり重要な役割を示している。しかし、その米の年間一人当たりの消費量は確実に減っている。1960年代前半には118㎏/年消費していたのに、2015年頃は57㎏/年と、半分以下になっている。パンやパスタなど小麦粉製品の選択肢が増えると同時に、米の人気は確実に低下していると言える。

ところが、近年日本では「小麦粉アレルギー」は深刻な問題となっている。食物アレルギーを持つ児童生徒は9年間で12万人増えたという報道があり、中でも即時型食物アレルギーでは、小麦アレルギーは全体の8%を占めるというデータもあるからだ(3)。しかも小麦アレルギーを持つのは子供だけではない。大人も含むと相当な数の人が小麦を避ける生活を強いられているはずだ。小麦アレルギーの人は当然、原料に小麦が入っていれば、多くの日本人が大好きなパスタやうどん、麺は食べられない。そのような状況の中で、米を食べなくなった日本人が考え出したのが米粉使用のパスタやパンである。

米農家であるいなほ総合農園は、「米粉」を麺類製造に使うという発想に加え、グルテンフリーの米粉麺を委託製造することにした。生産は米粉麺を得意とする岐阜の製麺工場に委託しているが、いなほのブランドで売っているグルテンフリー米粉麺には100%、栃木県いなほ総合農園産の米が使われている。しかも、いわゆる「くず米」を使用しているのではなく、市場でも高く売れる高級コシヒカリ米を使っていることが味を良くする秘訣だ。この米粉麺は小麦アレルギー対応の食品でもあるため、小麦や大豆からは隔離された別のラインに、より微細な米粉を作れる粉砕機を導入した。米粉も機械によって粒子の肌理の細かさが異なる。この農園の7代目である昌子さんは、この新しい機械で高級な微粒米粉の製造に成功し、岐阜の麺製造工場と一緒にいろいろな試行錯誤を重ね、この商品は2016年3月、ついに完成した。

「グルテンフリー」はダイエットという意味でも脚光を浴びるようになった。グルテンとは小麦特有のたんぱく質で、麺類やパンを作る際、弾性を持たせ膨張を助ける要素である。最近、世界トップテニスプレーヤーのノバク・ジョコビッチ(Novak Djokovic)が「ジョコビッチの生まれ変わる食事:あなたの人生を激変させる14日間プログラム」で(”Serve to Win: The 14-Day Gluten-Free Plan for Physical and Mental Excellence”)グルテンフリーの食生活を紹介したことで一躍有名になったのは記憶に新しい。2週間グルテンを絶ったことで、体重が減って体調がよくなったという話だ。

私自身は小麦アレルギーではなく、(本当はダイエットが必要な身だが)ダイエットもやっていない。従って、2週間のグルテンフリー生活をやる必要性を今まで感じなかったのだが、グルテンフリーの麺を使って料理してみると、おいしさという点から結構はまってしまった。スパゲッティ、フェットチーネ、うどん、ラーメンと4種類のグルテンフリー米粉麺がある。スパゲッティはモチモチしていて、やや柔らかい。ソースの味を麺が吸収する。フェットチーネももっちりしているが麺自体はしっかりしていて、ソースの絡まりもいい。ラーメンは軽めで健康的だ。外食でラーメンを食べるとき、おいしいけれど高カロリーゆえに、一種の罪悪感に駆られる。でも、グルテンフリー麺だと、その罪悪感に苛まれなくていいほど軽い。うどんは普通の小麦麺よりやや白く見えた。

この日は、白ネギとひき肉のペペロンチーノスパゲティ、れんこんのピリ辛ラーメン、チーズソースフェットチーネのニンジンとサツマイモソテーを作ってみた。グルテンフリー麺となると、具材よりも米粉麺が主役だ。フェットチーネは米粉麺だと言われなければ気づかないくらい小麦粉のパスタと味が近かった。

最近は、日本でもネットショップはもちろんリアルショップでもグルテンフリー食材が買える環境は整ってきた。それだけ種類も豊富になってきたということだ。ではなぜいなほ総合農園のグルテンフリー麺なのか?

まずは米が違うということ。いなほ総合農園では稲の栽培にも土づくりから注力する。農園主の古沢和夫さんは、今年66歳。18歳の時から家業である米農家を手伝い、その後継いだ。米の他に小麦、大豆、そばなども作るがメインは米だ。米収穫後にもみ殻が出る。これに大豆のおから、ぬか、牛ふん、鶏ふん、おにぎり海苔を混ぜ発行させて堆肥を作る。いなほ総合農園では、この堆肥の品質を上げるためにミネラルを大量に加える。そのミネラルとなるものが食卓でおにぎりに使われる海苔である。箱から海苔を取り出して見せてくれたとき、新鮮な海苔の匂いがした。かなり高価ではあるが、これを堆肥に混ぜるかどうかで土づくりが異なってくるという。6カ月発酵させた後、ミネラル度の高い堆肥を水田に稲を植える前の2月から3月にかけて土に豊富に混ぜ込む。冬の間に土づくりを行うのだ。土に栄養が行き渡った4月下旬には田植えが始まり、整列して植えられた小さな苗が水田から顔をのぞかせる。

米作りで重要なのは、実は栽培だけではない。精米もおいしさを決定する重要な条件となる。この農園では、玄米を2日かけて二度搗いて精米するのが特徴だ。田んぼから刈ってきた籾を乾燥機に入れる。その次には籾摺り機でもみ殻を取り除き、次に良い米と悪い米、そして大中小とサイズことに米を選別する。この段階で玄米が完成する。この玄米を1回目は7分搗きにし、2回目は朝涼しいうちに残り3分を搗く。涼しいうちに搗くのは、穀温を上げずに精米することででんぷんが固まらず、味が良くなるからだという。「うちでは、できるだけ胚芽が60-70%残るように精米しています。胚芽が残るということは、ビタミンやミネラルなどの栄養分が多く残るということだからです。また、でんぷんを多く残すことでアミロースやでんぷんのバランスがいい、糊気のお米になります」と和夫さんは言う。だからここのお米はもっちり感が違うのだ。お土産にいただいた塩ゴマ付きのおにぎりは手のひらサイズだったが、お米のもっちりした食感が完璧で、あっという間に平らげてしまった。また、こちらもお土産にいただいたもち米100%の赤飯には、紅ショウガと煎りゴマが乗っており、一つ一つの米粒が大きく、しっかり形が残っているが柔らかい。実に味わいのある赤飯だった。

和夫さんの娘である昌子さんは、昨年ついに稲の栽培や田んぼの管理を引き継ぐことを決意した。30ha(=300,000㎡)にわたる田んぼの管理は決して楽ではない。今年の収穫は彼女にとっては初めての経験だった。この家に生まれ育った昌子さんは、小さな苗から稲が穂を垂れるまで実り、収穫し、精米して出荷するまで生まれてからずっと毎年見てきたが、それは昨年まで父親の仕事だった。収穫した米を使っておにぎりや赤飯、餅などの加工食品を作り売るのが彼女のこれまでの仕事だった。しかし昨年、不作を経験し、コメが足りなくなったことから改めて「生産」の大切さを実感した。自分できちんと育て自分の言葉で伝えたいという気持ちが芽生えたのだ。今年は父親に教えられながら、一から米作りに挑戦してみた。なかなか難しい、という。天候という自然との協働だから、コントロールできないことは当然多い。しかし、田んぼに張る水の加減や土の具合の点検は日々怠らずに行わなければならない。夜型生活の彼女にとっては、それも試練であったそうだ。「農家なのにどうしても早起きできず、今では諦めて夜中に作業をしたりしています」と笑う。

農業の六次産業化促進で、以前と比べて農家による商品化は競争が激しくなっているという。衛生基準や食品製造管理もより厳しくなってきている。15年前は、生産者が直売所に持ち込めば面白いほど売れた時代があったという。しかし、今はそうではない。直売所やコンビニでも一定時間内に売れないものは、たたき売られるか、棚から下げられてしまう。いいものを作っているだけでは消費者は買ってくれない。農家もさらに工夫を凝らして、品質や人気を高めていく必要に迫られているのだ。そういった現実を冷静に見つめながら、父娘で米のより高い品質を追求し、より付加加価値の高い商品づくりに二人三脚で取り組んでいるのがいなほ総合農園だ。

伝統的な米作りにだけ注力するのでもなく、流行や新しい商品化だけを追求するのでもない。よりよい米作りに切磋琢磨する父、素材の良さを最大限に発揮できる新しい商品づくりにまい進する娘。この二人が、伝統と新しさを融合する地道な取り組みを続ける姿は、高齢化と後継者不足に悩む多くの日本の農家にとっては、羨ましい光景なのかもしれない。

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