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レタス農家のていねいな暮らし


ていねいな暮らしを東京や大阪のような忙しい都会で送るのは簡単ではない。「ていねい」というのは、ひとつひとつ心をこめて作ったり、じっくり時間をかけて行ったりするときに使う表現。日本の伝統的な家に使われてきた畳は一本一本藁を編んでいく。ほつれたりよじれたりせずに均等に編み目がそろっている。これが「ていねいな」という言葉にぴったりなイメージ。

生活の場面でいうと例えば、冬には大根を干して切り干し大根を作ったり、味噌を仕込み、春になれば山で山菜を採り、初夏には梅干しを作り、秋には新米を味わうこと。季節に合わせて、その時期のもの、地のものを味わい、それらを元に保存食や調味料を作る。このような生活を「ていねいな」暮らしと呼ぶことにする。

星野美樹さんは3年前、東京から昭和村の農園星ノ環に嫁いできた。星ノ環は、群馬県利根郡昭和村のレタス農家だ。(http://hoshinowa.com/)標高約750メートルに位置するため、夏でも涼しく、風は爽やかだ。晴れると家からは、一面に広がるレタス畑と遠くに武尊山や上信越の山々が見える。空気が澄んでいるからか、葉っぱの緑や空の青が鮮やかだ。

星ノ環の夏の朝は、4時から始まる。100メートル以上続くレタスの列の端について、ひとつひとつ手摘みで箱に詰めていく。バレーボール大のレタスの茎にナイフを入れると「サクッ」と音がして、きれいに摘めると気持ちがいい。詰められる時、新鮮さゆえに「キュッ、キュッ」と音を立てる。都会育ちの美樹さんも最初はレタスの収穫を手伝っていたが、レタスを切って箱へ詰めることが想像以上に難しく、断念した。「餅は餅屋にまかせよう」と。

箱には1段6個のレタスが2段、隙間なくきれいに詰まって、外葉の筋目が同じ方向に向いている。まさに職人技だ。慌てているわけではないのに、手早く箱詰めされていく。一玉約31枚の葉っぱに包まれる何千個もの星ノ環のレタスは、たっぷりに水分を含みシャキシャキだ。最後の一枚まできれいにはがせるくらいとても手間暇かけてていねいに作られている。朝6時には箱詰めが終わり出荷準備ができて、星ノ環で育ったレタスたちは一斉に都会へ旅立つ。

昭和村には、都会の暮らしにはない贅沢もある。訪問客へのおもてなしも都会とは違う。例えば、ほとんどが自分の畑で作られた、とれたての野菜で何種類ものおいしいおかずを、心をこめて作る―これは都会では経験できない贅沢だ。ビニールパッケージからそのまま出して使うものはほとんどなく、お味噌汁も出汁からとる。農家の忙しい朝であっても、思いやりが料理に練りこまれていくのだ。

この日の朝食は、東京から来た私たちをもてなし、朝採りレタス、とれたてレタスの外葉のおひたし、さっと茹でたスナップえんどう、新玉ねぎの油みそ、ズッキーニの揚げびたし、きゅうりのぬか漬け、おからのポテトサラダ風、畑で採れた豆入りごはん、が用意された。ごはん以外は全部野菜なのに、お腹がいっぱいになる。ひとつひとつの野菜の味が濃く、都会で食べるサラダ野菜とは全く違う重力を持っていた。

美樹さんが昭和村での生活で気に入っていることは「ていねいな暮らし」。新鮮な素材を活用して、毎日「手づくり」の味を楽しむ。味噌も手づくりだ。畑で作った大豆を使って手づくり味噌を作っていく。化学物質も添加物も加えない、天然塩だけ加えて発酵させたナチュラルな味噌だ。都会の生活では、豆が味噌に変わっていく経緯を眺める時間はなかった。そのような暮らしのていねいさが美樹さんに心豊かに生きるエネルギーを与えている。同じような経験をしてほしいと、「星ノ環みそ部」を作り、都会からも手づくり味噌を作りにやってくる人がいる。

ご主人の高章さんは、農家三代目。日本の農業を世界に伝えていくことを志している。昭和村の野菜や果物の味は濃く、糖度も高い。この農法を海外にも伝え、世界各地で日本ブランドの農産物が作られることを目指している。そのための人的ネットワークをここ数年構築してきた。その夢を実現するため、星ノ環の葉物野菜の品質管理や高付加価値果物の生産といった新しいチャレンジに取り組んでいる。

昭和村は人口約7,000人の小さな村だ。「野菜王国」というニックネームを持つ。レタスに加えて、葉物野菜全般を生産している。またリンゴのような果物も多種類作られている。次回のストーリーで詳しく述べるこんにゃくの原料、こんにゃく芋は全国一の生産量を誇る。村長の堤盛吉さんは、「昭和村の農家さんはとても努力しています。ここの農作物は、都心だけなく海外でも売られているんですよ」と誇らしげだ。

「野菜王国」昭和村は、「日本で最も美しい村」(http://utsukushii-mura.jp/en/)に加盟する風光明媚な地域でもある。東京から高速に乗って2時間ほどで到着する。何か有名なモニュメントがあるわけでも、お城のような歴史的建築物があるわけでもない。温泉も宿泊地も昭和村から30分程度離れたところまで行ってやっと位置している。ないものは、他にもある。それはコンビニだ。ちなみに、日本人は3日に1回はコンビニに行く(1)というほどコンビニに依存している。この、現代日本の消費文化の象徴ともいえるコンビニが昭和村にはないのだ。畑と野菜と極上の風景によって成り立っているのが昭和村なのだ。

四季を通してていねいな暮らしや「美しい村」の顔を昭和村は見せてくれる。夏の夜には、蛍がたくさん飛び交う池があり、秋には紅葉に囲まれて地元の奥利根ワイナリーのメルローを楽しむ。冬には雪景色とのコントラストの中で花火大会が開かれ、春には大通りの桜並木がピンク色に染まる。都心からわずか2時間で、日本人の記憶の底に眠る原風景に出会えるのだ。心のふるさとにはていねいな暮らしがまだ存在していた。

より多くの人に昭和村を楽しんでもらうため、最近、マラソン大会の開催や登山道の開設を実現した。堤村長は、「昭和村は美しいだけではないです。人々がとても優しい村です。そしておいしいものがたくさんあります。おいしい地のものを堪能していただき、優しい人々に触れていただき、美しいこの村をたのしんでいただきたい」とほほ笑む。

(1) http://www.jfa-fc.or.jp/particle/320.html

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