こんにゃくが長く愛されてきた理由
「こんにゃく」は身近な食べ物だ。もしかしたら、必ずしもおいしいと思って食べているわけではない。しかしこんにゃくは、おでんやみそ田楽、刺し身など、伝統的な家庭の味には欠かせない食材なのである。12世紀に東南アジアからやってきたと言われるこのぷよぷよした、弾力性のある食材自体には味がない。こんにゃくは、特殊な触感と独特の匂いはさておき、「どんな味?」と聞かれて上手く説明できる人は多くはないだろう。日本人の多くは、豆腐の味の良し悪しがわかる。しかし、その日本人にとっても味が明確に感じられないような食材がこんにゃくなのである。だから、慣れない外国人にとってはなおさらそうだろう。ちなみに、以前アメリカ人の友人におでんのこんにゃくを食べさせたら、一口食べただけでその後は一切手を付けなかった!
こんにゃくは、英語で“Devil’s tongue”というらしい。「悪魔の舌」?! いかにも気持ち悪い訳語が出てきた。一説には、こんにゃく芋の花が「悪魔の舌」なるものに似ているからこう呼ばれるようになったという。また別の説では、中国でこの芋は「魔芋」と呼ばれているからそこから名づけられたとも。真相はわからない。けれどもこの不気味な定義とは裏腹に、こんにゃくはつるりとした、舌触りのいい、芋を原料とする健康的な農産物加工品だ。食物繊維も多く含んでいる。日本中どこに行ってもこんにゃくは売っている。都会のスーパーマーケットの豆腐売り場近くで売っている大量生産されたこんにゃくは、つるりとした黒っぽくて硬い板状か、半透明のヌードルのような白滝(糸こんにゃく)だ。
加工チーズとフレッシュチーズに違いがあるように、加工こんにゃくと生芋こんにゃくにも違いがある。生芋こんにゃくは白っぽく、やわらかい。加工こんにゃくと同様、弾力性はあるが、噛む際に要求される力が断然違う。噛み切りやすいのが生芋こんにゃくだ。文字通りフレッシュで、都会のスーパーマーケットではほとんど手に入らない。こんにゃくの中でも、生芋こんにゃくは貴重な食べ物なのである。
こんにゃくは、こんにゃく芋からできている。畑に埋まった芋からこんにゃくになるまでには長い時間が費やされる。芋が植えられて収穫できるまでに、3-4年を要する。しかも、寒さに弱く腐りやすいため、育てるのがとても難しい。日差しや風が強すぎたり、干ばつ、水はけが悪いところでも育たない。群馬県昭和村は、そんなデリケートなこんにゃく芋の生産量が日本一の村だ。年間約13,800トンを生産し、その量は全国シェアの20%を超える。(1)
原料の芋は畑にずらりと並んで植えられ、頭の部分は写真のように土から顔を出している。いかにもひょうきんな姿だ。デリケートとは程遠いイメージなのだ。夏は一面にこんにゃく芋畑が葉っぱの緑に染まる。
生産量日本一だから、昭和村のこんにゃく事業者はいろいろな工夫を凝らし、こんにゃくの食べ方を開発している。白米と比べると、約24分の1の低カロリーだ(2)。だからダイエット食品としてもよく使われる。こんにゃくゼリーはその代表的な食べ物だ。また、小麦粉の麺の代わりにこんにゃく麺を使うと、かなりのカロリーカットになるし、こんにゃくの粒を白米にまぜて炊くと、これまたカロリー低減に貢献する。
こんにゃくには味がないと言ったものの、低カロリーというダイエット効果をうまく活用しつつ、おいしさを追求したこんにゃく食品も開発されている。
くろほこんにゃくの兵藤武志社長は、こんにゃくを用いて様々な食品を作るチャレンジを続けている。「こんにゃくわらびもち」という伝統スイーツがそれだ。わらびもちは、わらびというでんぷんを多く含んだ植物の根を使うため、名前の通りもちもちしている。半透明なので、涼しさを誘い、夏の風物詩となっている。このわらび餅をこんにゃくで作れないか? それがくろほでは見事にできてしまった。このこんにゃくわらびもちには甘い味がある! カロリーがほぼゼロのこんにゃくヌードルも開発中で、炭水化物麺の代替として活躍する日が来るだろう。
こんにゃくは日常的な食べ物。お芝居でいうと脇役。主役として脚光を浴びにくい食材だ。「味のなさ」という控えめさが話題性を遠ざけ、例えば外国人への説明をとても難しくする。しかし、縄文時代に東南アジアから伝わり、12世紀には人々の一般食材になったとされるこんにゃくは、味がなくても現代の生活にまで脈々と生き延びてきた(4)。それとも味がないからこそ、自己主張しないからこそ、その「その存在の薄味さ」が多くの人に受け入れられて、生き延びてこられたのか? 「好きな食べ物は何ですか?」と聞かれて、「こんにゃくです」と答える日本人はごくわずかだろう。しかし、こんにゃくは日本食においてなくてはならない不思議な素材なのである。